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美しさと若さと
ネットカフェで映画を見た。
『ヘルタースケルター』
沢尻エリカの熱狂的なファンというわけじゃない。
原作の漫画本(著者:岡崎京子)を読んだことがあった。
当時は、あっけらかんと「面白い」と感じたけど
映像で見ると、なんだか「生々しい」
たぶん あの女性特有のヒステリックな声が苦手なんだ。きっと。と思う。
モデルだとか女優だとか そういった肩書きの女性とお付き合いしたことは
これまでない。
これからもない。
それはさておき
感情剥き出しの女性は 数多く知ってはいるけれど、
野望を抱えた女性というのは 実は知らない。
オトコも女も 野望が潰えた成れの果てというのは
「狂気を経て 抜け殻のようになるんだろうな」
などと 勝手に思い浮かべながら観た。
が オレ自身、巨大な野望を抱えているわけではない。
ささやかな願望に似たもの程度だ。
内容はサテオキ。
冒頭の映画の中のセリフに
「若さは美しいけれど、美しさは若さじゃないよ」
という台詞があった。
腑に落ちた。男女問わず、美しさというものは、イコール若さではない。
だから、自身が若いときは、美しいものに強烈に惹かれたけれど、
その美しさの閉める割合の中に若さも多く占めていた。
とはいえ、結果論であって、若さを求めていたわけじゃなく、
自分の「お仲間」 いわゆる 同世代の異性を求めていたに過ぎない。
年を重ねると、「美しさ=若さ限定」という感覚は急激に和らぐ。
だから、
「どうせ、若い女の子がいいんでしょ」
という 女性に会うと、瞬間に、そういう感覚を持った女性に冷めることがある。
嫌うのではなく、冷めるという感覚。
嫌悪感というより、価値観のズレのような感じ。
どうでもいい個人的な情報だけど(笑) となると、年を重ねるごとの美しさって 「なんだろう」ということになる。
ある意味、「美魔女」など 相反するジャンルだけど 嫌いじゃない。 ははは。
だけど、「美魔女」も言い換えれば、
「いい年して、外見だけ美しくても」
という感覚は、同性にとってのヤッカミのみならず、
オトコも同様に感じるものではある。
「美魔女」の存在を否定しているわけじゃなくて。
「外見のみの美しさ」=「その人のお値段」とするなら、
残念ながら、時間の経過とともに劣化、価値の減価償却は避けられない。
たぶん、
「
時間とともに損なわれない美しい部分。」
そういうものなんだろう。
オレが わかった風に言うまでもなく
世間の多くの人は、気づいていると思う。
ヘルタースケルター あらすじ芸能界の頂点に君臨するトップスターりりこ。
しかし、りりこには誰にも言えない秘密があった。彼女は全身整形。
「目ん玉と爪と髪と耳とアソコ」以外は全部つくりもの。
整形手術の後遺症がりりこの身体を蝕み始め、美容クリニックの隠された犯罪を追う者たちの影がちらつく。
さらには、結婚を狙っていた御曹司が別の女と婚約。
生まれついての美しさでりりこの座を脅かす後輩モデルの登場。
究極の美の崩壊と、頂点から転落する恐怖に追い詰められ、現実と悪夢の狭間をさまようりりこ。
疾走の果てに、世の中を騒然とさせる事件へと繋がっていく・・・。
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