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想いをつづるスピードと分量

▽Category : エッセイ
普段、テキストをメモ帳に書いている。
手帳形式の紙ではなく、アクセサリに標準装備されているtxtのメモ帳。

8,600文字程度を書くと、読み上げるのに約300文字=1分とするなら、
24分程度だろうか。 暗算は苦手なので、おおよそである。

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▼想いをつづるスピードと分量
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文字を打つスピードと、話すスピードとを比べたなら、話すスピードのほうが速い。
読むスピードと話すスピードを比べて、読む方が早いとするなら、結局、書く時間が一番かかることになる。
  • 書き<話し<読む

どうでもいい順位である

普段、頭の中に、話したいことが浮かんだときに、
そのボリュームがどれくらいのものか測ったことがあるだろうか。
オレはない。(なら聞くなと云うことはサテオキ)

おしゃべり好きと云われる女子の会話を、1時間の電話換算してみるとしたなら、
ざっと、話す時間50分 聞く時間10分。こんな分量だろうか。

もちろん、人にもよる。

1時間も話したことのすべてを、書き出し場合18,000文字~20,000文字くらいと思う
ワードA4サイズで、30枚程の分量である。もちろん、試す予定などない。

かつて、恋愛をしていた時に、1時間位の電話は、普通にしていた。
毎日、議事録を取っていたなら、毎日30枚。

ayashibito051.gif 無理だな。

普段、ビジネスメールは使うけれど、プライベートのメールと云うものを全く利用しない。
用件があれば、電話を使った方が格段に早い。


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▼想いをつづるスピードと分量 その2
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かつての恋愛で考えてみた。
チャットの場合、せいぜい1~3行くらいの短いセンテンスでの会話が続く。
電話の場合、相槌を5回くらい重ねれば、結構な長文となるだろう。
それにしても、このA4サイズで1枚分も話はしないと思う。
一体、恋愛と云うのは何を伝えあっているのだろう。不思議ではないが奇妙だ。

ずっと以前、メールのなかった時代に手紙を書いたことがある。
遠距離恋愛中の話。せいぜい、2~3枚も書けば、近況報告など終わる。

ayashibito019.gif 不思議と、ラブラブな言葉を書いた記憶がない。

メールだと意外と手紙の時代に比べれば、手軽に書いていたような気もする。
PCで文字を打つことと、手書きすることなら、当然、PCで打った方が早い。
そういう意味では、思考回路のスピードに十分ついていける早さともいえる。

手書きだと、頭で浮かんだことを要約したり、考えたりしながら言葉を選んで、
時には、端折りながら書いていたような気がする。

短距離走と長距離走と、人には得意不得意がある。
文字もそう。
  • 短い文章しか書けない人と、
  • 短い文章にまとめるのが苦手な人。
多分、オレは後者。

短い文章にまとめられないのではなく、まとめるのが面倒なのだ。
想った事をつらつら書く方が楽。

もちろん、クオリティなど自分自身で望んではいても、求めてはいない。
会社の報告書であれば、基本A4サイズ1枚にまとめるのが吉。
実際は、「まとめず、全部報告してくれ」と云われたほうが遥かに楽。

職場での他人はどうかと云えば、議事録を出せと指示を出すと、だいたい5行程度である。
半日かけた研修でさえ。
一体ぜんたい、何を聴いていたのだ、と云いたくもなる。

が、それはそれで、結局、書くのが苦手なのかと、試しに、言葉で説明を求めると、
やはり、5行程度しか話せない。

何かをした。と云う記憶は残っていても、その中身が、自分の腑に落ちていなければ、
それを自分の言葉で話せないのは人の性質。
  • 長ければいいと云うものではない。
  • 短いほどいいと云う訳でもない。

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▼想いをつづるスピードと分量 その3
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例えば、ブログの記事も同様。ここでの自分の記事は長すぎる。と思っている。
が、実際、短いものをちょこちょことUPするには手間もかかるし、読み返したり、記事を探したりするのが大変。

だから、かつての記事もシリーズものは一纏めにしたりしている。
だが、長い文章にコメントをつけるのは大変だと思う。
何せ、読んだ端から忘れていくからである。
どの文章が印象に残り、どの文章に突っ込めるかと云えば、短いものなら簡単に探せる。

だが、長文になると大変だ。

へたをすると、読んでいる途中で嫌になって、眺めているだけで終わることもある。
 ところが、逆の立場で考えた場合、極端な話ではあるけど、長くてもどんどん遡って読んでいける場合もある。
とどのつまり、
  • 表現力に惹きつけられるのかもしれない。
  • 暇なだけかもしれない。

オレの場合は、前者。

それは高尚な表現ではなく、親しみやすさだったり、感情が溶けているようなものだったり、
抽象的なものよりは、具体的な書きもののほうが、当然、頭には残る。

頭の中にある漠然としたものと云うのは、具体的な出来事と、
その出来事に対して抽象的に捉えた思考の二重画像がチラチラと存在している。

絵画を観た時の、この色がどうとか、構成がどうとか、感じる部分と、
何かを喚起して呼び起された記憶が、目の前の絵画とは別の映像が頭の中に沸き起こるアレ。

そんな別のものを言葉に直そうとすると、どうしても抽象的になったり、比喩的になったりするのだろう。


ayashibito017.gif 多分、オレの脳味噌はそういう構造になっているようだ。

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▼想いをつづるスピードと分量 その4
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時々、映画を観た時に、他人のレビューを探して、読むことがある。
面白かった。つまらなかった。とワンセンテンスの人もいれば、
結構な量であらすじや所感や見どころを丁寧に書いている人もいる。

書いてある内容もさることながら、人にはたくさんの視点があるものだと感心する。

読書の日記? 感想文であっても同様にそう思うことがある。
子どもの頃に、読書感想文が苦手だった。
本の内容を要約することはできるのだが、感想を述べよ。作者が何を言いたいか述べよ。
などと問われてもさっぱりだった。

それは今もそう。

膨大な本を読むのだけど、特に感想を持ったことはない。感じること、思い浮かべることはあっても、
それをテキストにはしない。
そういう習慣が体に染みついているのか、ただの、正当な訓練不足なのかは分からない。

だから、沢山のブログを読んで、思うところはある、感じることもある。
思い浮かべることもある。だけど、感想が書けないことのほうが多い。

ブログの世界では、自分の立場からの言葉と云うのは簡単に書けるんだけど、
相手の立場に立っての言葉を残す、という事は結構難しい。

曖昧なもの、抽象的な文章が多いから、と云う他人側の事情ではなく、
こちら側が、こう思った、と伝えることに意味があるのかと、ふと思ってしまうのだ。

では、トラックバックを利用したら、と云う意味では、このTB機能と云うのは便利だ。
相手のところに長々と書かなくても、自分のところのスペースに長々と書ける。
と云うのは実に自分に都合のよい機能だと思う。

ayashibito011.gif だから何なんだってことはサテオキ。

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▼想いをつづるスピードと分量 その5
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昨日までに書いた、ブログで、一応、自分の中にあった書きたいイメージのものをつらつらと書き出した。
書き出したかったのだと思う。出来栄えはひどいものだが、(ただの殴り書きにて失礼)

今日は、テーマを決めずに、頭に浮かんだことをつらつらと書いている。
全く内容が無いのが、そういうことなんだ。(このあたりまで読んでいただいている方には、そういう前置きも、社交辞令も必要ないと思う)

この週末で5冊ほど、どうでもよい内容の本を読んだ。いつものことだ。
手軽に読めるミステリーというかライトノベルと云うのか、今見たら、サスペンスコメディと云うジャンルらしい。
そういった本と、がっつりした辞典のような本。世界史(主にアフリカと中東)と、イスラム文化についての本。

別に興味があると云う訳で読んでいるわけではなく、
何となく、自分の中でアジアと北欧のことはイメージが沸くのだが、
アフリカや中東の歴史が今いちよくわかっていなかったので、無意識に手にとって読んだ。

特定の宗教や政治には、興味はない、ただ、知らずに過ごすことに抵抗があると云う性質。

日本史やヨーロッパ史と云うのは、西洋学的で仏教やキリスト教の伝播をベースに史実は進んでいく。
アフリカ史についても、西洋学的に展開されたものが多い。何処の列強が植民地にしてどうたらこうたら。

アフリカにせよ、アラブにせよ、ペルシャにせよ、インドにせよ。
あまりにも言語と民族と固定化された国の歴史と云うのが実に短命。

今の国境も、戦後西欧の植民地支配から独立したものの、
その当時の地図線引きのまま民族や宗教が分断されている。

アフリカで起こる内戦も、イスラムのアラブ系とキリストのアフリカ系の対立の縮図のようでもあるし、
それ以前の、植民地支配時代の、支配側と支配された側の歴史である。

少数民族は飲み込まれ、弱肉強食の時代。
ある意味日本の2000年の歴史など本当に特異なものだと云うのがよくわかる。

もちろん国内においても勝者と敗者では、歴史に残る家系図、歴史から消えた家系図
と云うものはあるにせよ。
民族丸ごと国を失い、人としてのアイデンティティも、言語もすべて否定されて支配されたと云う歴史は
一部を除けば無いという見方が一般的。



そんな話は、どうでもいいのだが。何となくそんな本を何冊か読んでしまった。

ふと思う。

そんな国に生まれていたなら、こういうブログを平平凡凡と書いてはいないだろう。
生きるか死ぬか、今日食べることすら大変。飲む水さえない。という国が多いのだ。
同情や幸運を感じているのではない。

この国が、これからどうなって、その中でどう生きていくのか。

ayashibito027.gif そんなことをふと考えただけなのだ。
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