スポンサーサイト

▽Category : スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オトコの愛情分配理論

▽Category : 恋愛理論
恋愛をしたことのある人には すっと入ってくる言葉も
恋愛をしていないときには 目を背けたくなる言葉もある

それが 同じ言葉であることさえも

「ワタシのこと 好き?」
などと頻繁に聞かれると 煩わしいかどうかはサテオキ
そんな科白を書いている 自分が むしろウットオシイ

「ワタシのこと どれくらい好き」
と聞いてくる彼女もいなければ

「お前のことが大好きだ」
と叫べる相手もいない

これは 果たしてどうなのか ?
と世間に尋ねたところで 「どうでもええやん」系の悩みではある

オレにとっても さほど重大な事件でもない

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼道徳感情論
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
恋愛をしている時と 恋愛をしていない時との どちらが幸福か
恋愛をしている時と 恋愛をしていないときの幸福は同じものか

人の数だけ答えがあるかもしれないけど

今 オレは不幸ではない 
もちろん 幸福かといえば 恵まれた人生だとは思うけど  かつて一番の幸福というわけでもない

ayashibito028.gif まあ 平凡


恋愛がうまくいっているときには 
つまり 恋愛をしているときには、他人の視線を意識することも多い

他人から共感を感じたり 誰かの恋愛にシンパシィを感じたり
この共感だとか同感だとかを意識しつつ、恋愛が横道にそれないように行動することとなる

つまりは、浮気はダメだとか
相手の携帯電話をのぞくのはマナー違反だとか
ぶん殴るなんてもってのほかだとか

まあ いろいろ  

ayashibito055.gif 世間並みに イベントをこなしながら 肝心なところはスペシャルで決めるみたいな

そんないろいろなことを(悪い意味で)しでかさないように
彼女以外の第三者である誰かの視線を意識しつつ
同時に 彼女の視線も もちろん意識しつつ 恋愛上のシナリオで行動することとなる

実際に縛られているのではなく
自分の中にある たくさんの他者からの視線に縛られているような錯覚の中で
日々をすごすこととなる

アダム・スミスの「道徳感情論」にきわめて近い感覚かもしれない

人間は他者の視線を意識し、他者に「同感」を感じたり、他者から「同感」を得られるように行動する。
この「同感」という感情を基にし、人は具体的な誰かの視線ではなく、
「公平な観察者」の視線を意識するようになる。

「公平な観察者」の視線から見て問題がないよう人々は行動し、
他者の行動の適宜性を判断することにより、社会がある種の秩序としてまとまっていることが述べられる。

といった 内容の本。
そんな話はサテオキ

ちょっと どうでもよさげな 話になりそうなので
追記MEMO書き 

お暇な方だけどうぞ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
愛情分配理論
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この記事を書く前に思ったのが
  • 「恋愛をしたい」という願望や要望と
  • 「恋愛をするぞ」という決意や覚悟は別物だということ

前者の感情は 日々たっぷりとある
後者の感情は 日々 相当なボリュームで自分を疑っている

つまり 「するぞ?」と世間に云ってはみたものの
普段の行動から まったく恋愛につながっていない生き方というのは

果たして 覚悟を決めたオトコの生き様かといえるのかと
「品定めをしてるのだとか」「様子見をしているのだとか」

そういう以前に 恋愛のメニューに載せる女性カタログ(脳内作成)を持っているのか
と自分に問えば、極めて怪しいのだ

「候補者リストを作成せよ」という指令を自分に出したなら
まったくをもって白紙提出してしまいそうな勢い。

では 普段いったい何をやっているんだと 自分に問えば
「恋愛するぜ?」を前提とした場合に 先日夜の街でふと思ったことといえば

◆(算出方法)

恋愛の入口あたりの加算ポイントを
 
時間の共有×情報交換量×共通の記憶

であると定義するなら・・・のくだり



内容はその日の記事を参照していただくとして

結論として 彼女が人妻で オレが獣思考ではなく人間志向回路により 
恋愛をためらっているように 自分で答えを出したような気がした

恋愛をためらう ということが「振られると痛いから」
という理由からきているわけではなくて

恋愛をためらう ということが「恋愛をしたい」という願望や要望があっても
「恋愛をするぞ」「恋愛を始めようぜ」みたいな決意や覚悟がさっぱりない
という側面であるという事を ふと理由付けしてみた

いずれにしても 進まない理由など 恋愛願望への言い訳でしかないのだが

もうひとつの側面として
ふだん 自分の「時間を誰と共有」 (24時間のぶつ切り) しているかといえば
職場の人間(8時間程度) ネットの友人(ごくわずかの時間) テキストを作成している時間(1時間程度) ---①

誰と情報交換しているかといえば トータルで①と同じ
共通の記憶をとしたなら 過去の彼女 あるいは 長く付き合っている友人---②

ということになる

とどのつまり
  • 職場の人間=A
  • ネットの友人=B
  • 筆者=C
とした場合

日々の自分の時間も感情も『A』に対して 膨大に費やしていることとなり
  1. そこから恋愛に向かうなら 有効
  2. そこから恋愛にむかわないなら 時間の無駄
といえる

じゃらじゃらと遊んでいるように見えて1.2を二者択一とするなら
間違いなく 2 である自覚
つまり 「恋愛したい」という願望も「恋愛するぞ」という覚悟もAに対しては
当初よりない

じゃらじゃら遊ぶのが「楽しい」という感覚を
恋愛をしていて「楽しい」という感覚に重ねて 錯覚している(のは間違いないんだけど)

そういった本命の彼女候補に費やすべきほにゃららを
代わりのA1.A2.A3.A4A.5といった人たちに分配することで
  • 恋愛するぞという決意が鈍ったり
  • 恋愛するぞという覚悟を先延ばししたり

結果的に
「恋愛がしたい」=「恋愛じゃなくても楽しいからいいか」に近い感覚の中で
とぼけた行動 ぼやけた行動 意味不明な行動 に満足したつもりでいたんじゃないかと

ふと思った

おそらくは 恋愛をしていない感覚が染み付いてしまったせいかもしれない

恋愛途上のときなど 恋愛相手以外で『代替できる人など いるわけないだろう』
という絶対音感みたいな感覚が存在していたというのに

つまりこの『恋愛分配理論』はまったく使えないシロモノであるといえる
そもそも この定義自体が 世間様から
『アタマのおかしいオトコのいいそうな屁理屈よね』
と一蹴されておしまいである

ayashibito003 ほんとにどうでもいい話になってしまった

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼更新Memo  恋愛と願望と現実問題と
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

関連記事

Comment

Post a comment

非公開コメント

Information

恋愛についての アレコレ

はるき♪

筆者:黒い彼//HN:はるき♪ 
世の中の恋愛には 
まったく役に立たない
どうでもいい話を 

オトコ目線で 
思いつきの長文で 




黒い彼series
Copyright © Hammy All Rights Reserved.

Menu

monthly title

comment

openOpen closeClose

list of articles

article search

読めば読むほどコンガラガル そんな恋のお話

恋愛と煩わしさと妄想と

恋愛と妥協の種類

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。