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オトコと女が「わかり合う」ということ

▽Category : 恋愛理論
わかりあう、ということ。

オトコとオンナが「わかりあう」ということって正直難しいんじゃないかって思うのよね。
「わかったようなつもりでいる」っていうのが一番近いんじゃないかと。 by元カノ 2004.04




「人生はうまくいかないけれど、恋愛はうまくいっている。」
恋愛は得意なんだけど、人生は苦手だ。」
そんな風におっしゃる方がいるかどうかはサテオキ。

恋愛自体が難しいわけじゃなく、恋愛をしている相手が気難しいわけでもなく、きっと自分の感情を振りかざし、振り回したり、時には振りかざした何かを自分に振り下ろしたりしながら、自分本位の恋愛がコンガラガッテしまう』
ということはあるかもしれない。

恋愛の中では、自分自身のベストポジションをみつけることが一番難しいことなのかもね。

幼い子供同士なら、気の向くまま素直に、際限のない自我を押し通して、
誰かとぶつかりながら、衝突した理由を見つけることは容易かった。

いつの間にか大人になりたくない心を引きずったまま、都合のいい子供心だけを抱えたまま他人とぶつかってみる。


ayashibito044.gif不思議なことに、子供時代よりも衝突した理由がみつけられない。


それは、他人同士の小さな誤解から、恋人同士の取り返しの付かない過ちまで、子供のころに
「ごめんなさい」
で許されていた些細な事件が大人になって許されなかったり、許さなかったと。

まして 「ごめんなさい」という言葉さえ、どっかに置き忘れてたりもして、
許される/許されないのジャッジメントを誰かに委ねていた子供時代と違って、
自分なりの許す/許さないを抱えたへんてこな審判員に誰もがなりたがっている。 

「なんで?アイツはわたしの言うことをわからないんの?」
と、女性が思うときなんて、 

①ナニをわかってほしいのか自分がわかっていない
②わかってほしいところをわかりやすく伝えていない


一見すれば、怒っている、拗ねている、いわゆるその状態は痛いほどわかるんだけど、その理由がわからないんだ。
と、オトコが思っているかどうかはサテオキ。

「わかってほしかった何かがあったはずなのにどうでもいいわ」
と、女性がその次のステップを踏んだときなんて

①どうせ言っても跳ね返ってくるセリフが、妄想団子みたいに自分が作れるのよ。
②すでに、ダンマリをきめてるから何を言っても右から左に抜け道があるんでしょ。



目の前には、オンナの逆上によって頭がコンガラガッテイルオトコ、
さらにああでもないこうでもないとドウデモイイコト並べて、余計にオトコを錯乱させているのが


アンタだよ


と、よくある話かどうかはサテオキ。

「結局 ナニがいいたかったわけ?」
と、いわれたこと『アリマセンカ?』 

オトコって冷静であっても冷静じゃなくても、笑ってても黙ってても、オンナの話の最初から最後までを我慢強く聞いて、
それにもかかわらず 「ナニガ言いたいんだコイツ」
と、ほんとにわかってないことって意外に多いと思うんだ。 

自称『ハイレベルな普通のヒト』を気取るオレでさえ、
ケッコウそんな場面の犯人役を演じたことがあるくらいだから。

世間の白馬に乗った王子様から、白い毒を吐きまくる庶民まで、
そんな「わかってほしいことさえわからない」系のオンナのオペラ系毒舌発表会に、
ひとり佇まされた男性は結構いるはず。

だけど、そんなシーンで巻き起こる事件は、そんなふたりがいつも同じ役を演じる状況では
何を工夫したって、さほど代わり映えはしないもの。


『すでにワカリアエル時代は終わったよ』 


ayashibito017.gifと、オトコが遠い目をしているのが目に浮かぶ。



分かり合えていた時代


おそらくは そんな時代に突入する以前に、『ワカリアエテイタ時代』はきっと存在していて、
それが、夢か幻かみたいにどっかに消えちゃったのは、いうまでもなく、恋愛をしているアンタラ2人のせい。

恋愛においては、その始まりから終わりまで、膨大な時間が流れている。 
会っているときも会えないときでさえ、誰にだって同じ時間が流れているんだ。 

恋愛の寿命が長い短いだけが、恋愛の価値を計るものじゃないけど、その恋愛の長い短いにかかわらず、
ワカリアエタorワカリアエナイの分岐点は、近い将来、遠い未来にかかわらず、どこかには転がっている。


「もっと 知りたい」 
と思った瞬間に、知人から恋愛対象として恋心が自分の中で勝手に始まって、
「名前はナニ?」
「どこに住んでるの?」
「今度はいつ会えるかしら」
「なんて話しかけよう」
「どんなことに興味があるのかな」
「付き合ってるヒトはいるんだろうか」 

記憶の断片の中で偶然に次のシーンで出会ったときに、目の前にして思い浮かぶことなんて誰もが同じ。

一度っきりのナニカが、思いもよらぬナニカによって、二度目の再会があったとして、 
そんな偶然にいつか感謝しながら、それを運命だと勘違いするまでは、一方的な情報の入手作業に自分のアンテナを最大限に研ぎ澄ませる。
ってのも たぶん誰もが同じだ。

そんなウブな頃には、「ワカリアエル」なんて夢のまた夢。
「ただワカルだけでいい。ううん そばにいるだけでいい。」
と、思えていたはず。 

ところが いつのまにか恋愛の台本には

→ ワカルだけでいい 
→ ワカッテキタ 
→ 自分だけの情報をつかんだ 
→ そろそろ 自分の情報にも相手が興味を示してきた 
→ ちょっとずつ理解してもらおう 
→ あら不思議 なんでも受け止めてくれるのね 
→ ワカリアエルことが 多くなってきた
→ なんとなく 恋愛がうまくいってる気がする
→ 自然と相手のことを 自分が向き合えてる気がする
→ 相手も真剣に聞いてくれることが ある



~~ナントモイエナイ楽しい時間がどんぶらこと流れて~~~

→ あらこんなことも キイテクレル
→ 以心伝心って こんなことなのね
→ ひょっとして ふたりとも エスパー??
→ あれ いつもと 違うかもしれない
→ どうしたんだろう
→ こんな風に考えてるの? 
→ YES/NOクイズが しばらく続く
→ 不思議なことに 正解率が下がってくる




~~ナントモイエナイ怪しげな時間がどんぶらこと流れて~~~

→ なんだか 会話が 少なくなってきた
→ 妄想が多い
→ 誤解だといわれることが増えた
→ イイワケが 多くなってきた気がする
→ 同じパターンで 重い感情が生まれ始めた
→ 自分のセリフに 疑問符「なんで?」「どうして?」が多くなる




~~ナントモイエナイ切ない時間がどんぶらこと流れて~~~

→ あんなこと
→ こんなこと
→ ええ? そんなことまで
→ 思いやりということを忘れる
→ 過去の思い出が懐かしく感じ始める 

→ アツカマシサの鎧を手に入れる
→ 毒舌という名の剣を手に入れる
→ 恋に迷うという名の地図を手に入れる
→ 難破船という名の夜が多くなる
→ 妄想劇場で悲劇のヒロインに抜擢される 



そして その台本には

→ なんで分かってくれないのよ!!


と 書かれてあった


ayashibito014.gifやはりおかしいよ、その恋愛。 


恋愛の主役は、いつだって自分だとか恋人だとか、わりとそのキャスティングを選ぶなんてのは苦労するわけでもなく。
ミスキャスティングから来る恋愛の崩壊は、サカノボッテ理由を突き詰めれば、選んだのは自分。
終わった恋愛に対しては、たったそれだけで説明がつく。


現実に、今、手に入れて、ある意味演じている恋愛ドラマを捉えて語ろうとしたときに、それが難しいと感じるのは、唯一自分の中でリアルタイムに流れ続ける時間の中で、思っていること・伝えたいこと・感じたこと・考えたこと。

伝えたときには、それがちょっとだけ等身大/原寸大にしか伝わらない。
時差の影響を受ける。
そんな自分自身に対する不満があるから。 

本当は「もっと考えていたんだ」「もっと甘い感じだったんだ」 

それが文字ではなく、電話だとか目の前のセリフだとして、それならばその瞬間の精一杯を伝えることも出来るだろう。
逆に目の前にいれば、自分自身のテンションが、わりとふわっとしていて、真剣な言葉や長々とつづる文字と違って、
コンパクトに表現し伝えようとするへんてこなアセリが、恥ずかしさやみっともなさを自分自身に付加させてるのかもしれない。

彼女と会話をするときには、その日の出来事やその日に浮かんだ相手のミニドラマを語り合ったり、
ちょっと先に決まったデートのプランを話してみたり、さほど気分的にアレレ?? 
と立ち止まるようなこともないけれど、
文字だといくらワカリアエテイタと感じていても、その分、言葉をハショッタリして逆に誤解を生み出したりもする。

そんな誤解が嬉しい誤解ではなく、ちょっとだけ痛い誤解だとか、もちろんそんな誤解を話し合いの中で
『ああぁだ こぉだ』といえるのも、自然と向き合える中でならいくらでもできるんだ。

「ワカリアエル」という感覚は 全体を捉えて使うとき。
「ワカリアエタ」というその瞬間の会話の中で感じた一瞬に対して使うとき。

全体を見渡してワカリアエルに対しては、微笑むような柔らかさを感じるだろう。
その瞬間に生まれたワカリアエタに対しては、嬉しさに似た小さな衝動を感じるだろう。


bbs107.gif


伝えたいことのうちで、コレが一番大事なことってのが必ずある。
その一番大切なことを履き違えると、
「どうしてわかってくれないのよ」
へとつながっていく。

その一番大事なことを間違えなければ、
「今日も なんだか らぶだわ」 
へとつながっていくんだと思う。

当たり前の話なのに、その当たり前が当たり前じゃなくなることだってあるかもしれない。

だけど、きっといい恋愛を実感しているときには、そんな当たり前のことが「さも当たり前」に出来ていて、
一番大事なことも「さも選びまちがい」だってほとんどない。
ミスと間違えていないとの判断さえつかなくなる泥沼には程遠いところで、恋愛が楽しめるもの。



恋愛において、社交辞令が必要か


儀礼的な挨拶や愛情の交換は、体の栄養と同じくバランスよく必要なもの。
過剰であっても不足気味であっても恋愛では心が腐りやすい。

そういう点においては、外国映画のクサイシーンで語られるラブな場面では、なんとも目を覆いたくなるような感じもするけど、
そんな恥じらいを吹っ飛ばしてケッコウイケイケ状態だったりする。

逆に、日本人は奥ゆかしさだとか、恥じらいだとか、社交辞令だとかを大切にする民族であるにもかかわらず、
恋愛においては、アツカマシサ全開で肝心な儀礼的セリフをすっとばしてたりもする。

ワカリアエルという感覚は、わからなかった未知へのナニカへのアプローチとして、通信手段が言葉であったり、表情であったり、リアクションであったりする。


手抜きじゃなくてもミスは犯す。
ミスじゃなけど必要なものが足りない。
 


ワカリアエタのにと振り返れば、なんらかの足りないものがあるはず。
それをうまく見つけられるヒトは多いけれど、それをうまく手に入れられるヒトは少ない。

与えるほうも受け取るほうも、どちらもタリナイナニカが存在していて、
きっとそれは、ワカリアエル為の一瞬への集中力だ。 

その瞬間に駆使するセリフによって、大きな場面展開を余儀なくされるんだ。 

『ワカッテルダロ? シッテルダロ?』より、『こうなんだ ああなんだ』
と、具体的に並べるほうが喜ばれる。
と、知ったのは、つい最近 


ayashibito011.gif遅すぎだって


気づかないフリよりも、気づいててナニモ変えられないよりは遥かにいい。 


多くの恋愛後に思うこと

今までの恋愛のほうが、たくさん考えることが多いのも、考えたいという意識より自然と浮かんでくる無意識のナニカが、いっぱい自分の中に潜んでいたり、ひしめき合っているのだろう。

ワカリアウという現象よりも、ワカリアイタイという感情のほうが大切だ。
ワカッテクレヨという欲望よりも、ワカッテアゲタイというちょっとの余裕が大切だ。
そんな一瞬の記憶を積み重ねながら、大きなワカリアエルという形をつくっていくんだと思う。
なにげにヤッテイル気がするけど、もっとできるよ。

言葉を並べることで、そんな気分になれるんだ。


恋愛適齢期の女性が結婚相談所に訪れたとして、そこの相談員が素敵な結婚生活を送っているかどうか。
悩みを抱えた幼い子供が子供相談室に悩みを打ち明けて、そこの相談員が自分の子供が非行にハシリマクッテイル。
物事を本質的に捉えられていたとしても、 

人の心は理屈では動かない。

自分の心を突き動かすへんてこな動機を、ただ闇雲に探しながら、一番影響力のある人のそんな言葉を捜しているんだろう?



大切な人の言葉


恋愛って不思議なもので、自分が恋愛の渦中にいれば大切な人の言葉が一番素直に胸にしみる。
そんな素直さが、いつしか消えていったころに、大切だった人の言葉が胸に響かなくなる。

ワカリアエテイルからワカリアエテイタに、いつかたどり着くまで、恋愛ってずっと続いていくんだ。

自称、ワカリアエテイタ派所属のオレ達としては、ワカリアエテイルということを前提にしなきゃ、こういうテーマを書くことが恐ろしく危険。
またあの人が理屈をイッテルヨ、と ナンダカとてもイイコト云ってるわ、との境界線は 実に微妙である。


回想シーン

2004.4

一週間にも及んだ旅行帰りの彼女。

その翌日はきっと、疲労困憊で放心状態に限りなく近い状態で過ごしているだろうと思って、
仕事が終わってから連絡の途絶えていた彼女へメールを放ってみた。

お疲れ様。今日は久しぶりの仕事か?社会復帰が立派にできたかどうかは怪しいものだけど(笑)
きっとお土産を配ったり、たまったメールを振り分けたり大変な一日だったかもしれないな。

こちらもようやく仕事が一段落。GWまえの一週間とあって予約の電話がひっきりなしだったよ。
いまから ザ・やきそばを喰うことにしている。

きみも久々の日本食を堪能してくれ。ひょっとするとスパゲティかもしれないが(笑)

ちゅ


そして、そのちゅ←これは擬似接吻と同義語 に対して返事が来たのが日付変更線のちょっと手前。

「今日まで休暇を取ってるから、家で休んでた。」
と、返事がきた。
彼女が休みだったということを知ったのがその日の終わりかけの時間。


ayashibito014.gifワカリアエテネェ〜〜〜

しかも
「らぶ なのは書けない・・・・感じ。」



ayashibito067.gif マジカヨ

しかし、
「そっか(苦笑)うんうん そんなときも あっていいさ。また気持ちがぐぐっと書きたいモードになればいい」
と、明らかに動揺を思いっきり隠した返信をした。

こんな日に話を掘り下げるのは危険だ。 


ayashibito001しかし コレはオレの本音ぢゃねぇ


明日は 『譲れないを抱える日になる』
と、ココロに誓ったのは云うまでもない。


そして翌日。

〔譲れない何かを抱えた日〕

・・・という日が 何日かに一度あって

(1)恋愛の主導権を握りたい日
(2)イイガカリ・ナンクセをぶっ掛けられた翌日
(3)ラブが足りない感じの翌日
(4)建前ダケをかっこつけて言ったわりには効果が無かった日の翌日
(5)前回の激怒チックなことと同じことをされた時


などなど思い出しながら書いてみると、たくさんあるもんだ。 

・・・ということはえてしてワンパターンじゃなくて、ようやくオレも気分屋稼業が板についてきた? 

電話をしても繋がらないときには、居留守だとか多忙だとかそんな理由はどうでもよくて、

「声をキカセロ コノヤロウ」 
と、メールを送ったところ、どうやらソレがどこかにヒットしたのか電話がカカッテキタ。

今夜は何があっても譲らないと決めたオレ。
こんな会話を繰り広げながら、結局はその瞬間にワカリアエタ気がした。

ワカリアエナイときもワカリアエタときも、それは違う気分でソレを見つめれば錯覚にも似ている。
それは、その気分に浸っていれば真実の中にいる気がして、心模様ヒトツで幻想に似た風景も幻想じゃない風景も色々。

洒落がシャレとしてヒットした日、洒落がシャレにならねぇそんな日を繰り返し迎えながら、 
「言わなきゃよかった」
と思うよりも、とりあえず、言ったモン勝ちって時はきっと開放的なラブ日和。

「言わなきゃよかった」
と、次に同じシーンに出会ったときに、ちょっとだけ迷うようなことがあるとしたら、
それはそれで後から浮かび上がる地図のように、きっと恋愛の分岐点として君臨するポイントなんだ。

事細かに話すことがやぶへびになったとしても、あとから並べられる虚脱感に比べればその疲労の質がちょっとだけ違っていたりもした。

経験上、〔 ユズレナイナニカを抱えた日 〕 に我を通してペラペラとお口の軽かった日の翌日は、



ayashibito072.gifナニカガ オキル ・・・( ̄□ ̄;)!!ちゃらりぃ〜〜ん


さらに翌日


「肌白くて綺麗だね・・・胸の形もいいし・・」
もちろんオレのセリフではない。

ひょんなことからシャレで終わった話が、気分的には捨て台詞の口実になったりもすることがある。
ヒトの恋路のその進捗状況において、
「マダ 早いよソレ」とか 
「いやいや そのくらいなもんか」とか
「えぇ そんなことしてんのか?」
という個人的な感想はサテオキ。


グリコのおまけをもらったオレに、とある事件が降り注いだ・・・( ̄□ ̄;)!!バッドタイミング

仕事で銀行に行ってたときに彼女から不在の折の返信が入り、その後の昼休みに電話で彼女と話した。
前日のユズレナイナニカを抱えた日の翌日は、ナニガアッテモゼンブウケトメナケレバナラナイ日が待ち受けていた。


一部始終のタイトル 

〜〜内容的には圧倒的に不利なオレ〜〜 ←こんな状況

が あえなく 昼休みも時間切れ 


ワカリアエナイ感じに突入

こんな時には おそらく・・・たまたまか、わざとかはサテオキ。
電話が通じなかったり偶然か必然か予定外の飲み会をWEB上で告知されたり、そんなことが90%強の確率で出現していた。



ayashibito030.gifヾ( ̄∀ ̄)ノ 今夜もびんごぉ



ayashibito067.gifって、ムシロワカリアエテいたのか??


ナニハトモアレ
今夜はウォーキングの日 ←自転車の鍵を忘れて家路に向かった。

「あのふたりは いったい いつになったら ワカリアエるんだ?」
と、巷でウワサになっていたかどうかはサテオキ。

昨夜は予想通り、家路に向かうウォーキングの途中に酔っ払った彼女から電話がかかった。
おそらく翌日、
「なんだか 昨日のこと よく覚えてないのよね」
という台詞が流れることは予想に難くない。

電話の中でどんな惨劇が待ち受けていようとも、その瞬間を耐えられれば明日には光がサシコンデクル。
という 哀しきオトコのエピソードがまたひとつ出来上がるに違いない。

『ワカリアウ』 という感覚を忘れたときには

蹴り上げたくなるような感情
ネジコンデやりたくなる感覚
ヒンムイテやりたくなる感傷 


いろんな景色の中で タワワなココロを抱えてモガイテミタリ、ヒックリカエッテミタリ、コンガラガッタリしてまた元のカタチに戻っていくんだ。

ヒトって放っておいてもまたいつか元通りに戻っていくから不思議なもの。
いわゆる 形状記憶ってやつだな。

形状記憶といえば・・・

とある日に、低反発ウレタン性の座布団を買った。
コレは彼女とのデートのときに、「おお これはいいな」といっていた商品だ。
座るとおしりにぴったりフィットして実に座布団と『ワカリアエタ』気がした。


p-3-2.jpg


きっとこんな風にぴったりフィットする感覚が、ワカリアエタという感覚なのだろう。
そういえば 彼女とのエッチはしっくりく・・・ヾ( ̄o ̄;) ぉぃ




体も心もしっくりきたときには、ワカリアエタような気分になる。




ayashibito005しっくり キテル?


Memo 371-376 2004.04
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非公開コメント

No title

前回の記事のスクロールバーの長さ1.0cm
今回の記事のスクロールバーの長さ1.1cm

0.1cmほど短くなりましたが、
相変わらずのボリュームですね(笑)

「ワカリアウ」のは、やっぱり難しいですねぇ。。。
なぜならば、わかり「合っている」かどうかが
分からないわけで。
「分かっているつもり」な2人が向き合っていても、
「分かり合っている」かどうかなんて
ホントのところは、分からない。

で、結局
「分かってるつもりでいればいいんじゃない?」に
落ち着くわけですな(笑)

相変わらずコンガラガリますなw(*゚艸゚*)ウププ

計測

1.5センチと1.6センチでした。
が、コメントを入れると みるみる短くなっていきますね。

長編はあと3本で終わります。
その後は単発のもののうち、コンガラガリそうなものだけ
再編集予定です。

ワカルことが一歩
ワカッテいただくことが難しく
ワカリアウコトなど もってのほか
つもり程度で 十分世界ランカー

これが日本の恋愛情勢

ちなみに こんがらがる理由は、
シリーズものの原稿が首尾一貫していないんだわ これが(笑)


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恋愛についての アレコレ

はるき♪

筆者:黒い彼//HN:はるき♪ 
世の中の恋愛には 
まったく役に立たない
どうでもいい話を 

オトコ目線で 
思いつきの長文で 




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